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23 January 2011

他校訪問:ビセンテノブレ 2010/11/24

visita a la escuela del interior: Vicente Noble
24 de noviembre, 2010
前週に引き続き、他校訪問です。11月24日、ドミニカ共和国南西部のビセンノブレへ日本語の授業見学に行きました(地図は記事末尾のリンクをご参照ください)。
首都ドミニカ共和国を早朝出発し、午前と午後の2クラスを見学しました。午前中の授業は2時間で、日系の方の自宅で開講。学習者は10歳前後の子ども3名で、教師はぺデルナーレスを兼任している日系社会青年ボランティアです。私たちもゲストとして授業に参加させてもらいました。
お昼ごはんは日系の方のお宅でドミニカ料理をごちそうになりました。ビセンテノブレの日系の家族は大きく3つですが、みんな親戚関係で子どもたちも仲が良い様子です。
 午後の授業は、近くの私立学校の教室を借りて行われました。午前と同じく2時間で、学習者は小学生3名と高校生3名。助手が参加して年齢別に2クラスの開講です。現地の助手は現在全国で5名ほどですが、日々の授業や研修会等を通じて向上できるよう支援する必要が私たち教師にあると思います。          
9月、11月でラベガ、ハラバコア、ダハボン、ビセンテノブレの4つの学校を訪問しました。現状と課題は様々ですが、私も来年度(8月~)からは地方に転任の可能性があるので、色々な視点で日本語学校全体を捉える機会があるのは貴重なことだと思います。

17 January 2011

他校訪問:ダハボン 2010/11/19

visita a la escuela del interior: Dajabón
19 de noviembre, 2010

昨年11月19日、出張でダハボン校を訪問しました。ダハボンは、ドミニカ共和国北部のハイチ国境に隣接し、1956年に始まった日本人のドミニカ移住の最初の入植地です(地図は記事末尾のリンクをご参照ください)。
ダハボンでは、まず最初に移住地ラ・ビヒアにある移住記念碑を訪れ、共同墓地へお墓参りしました。この移住記念碑は、移住25周年を記念して日系の方々が建立したものです。右側の「建立の辞」は、表に日本語、裏にスペイン語で表記されています。以下、その記述を引用してご紹介します。


--------------------以下、引用--------------------
建立の辞

日本ドミニカ共和国間の移住取極により一九五六年七月二九日ブラジル丸にて第一陣がこの地に入植す 以来第八次まで一三二五名が八か所に分散入植せるも 集団帰国転住など種々歴史的経緯を経て 残留者二七六名 この国にあってよく苦難の道を切開き 移住初期の目的今ようやく達成せんとす とき早くも二十五星霜を経る この意義深きときに当り我が苦悶の足跡を一基の碑に託さんと移住者総意の浄財奉仕を以て之を建立す
未来を開く子孫よ 我らが老骨を礎となし誇りある日本民族の血を以て限りなき発展を図り 君らが母国ドミニカ共和国の繁栄に寄与されん事を願う
一九八一年七月二九日


PALABRAS CON MOTIVO DEL DESVELIZAMIENTO
Amparado por el acuerdo gubernamental suscrito entre la Rep.Dominicana y el Japón la primera delegación de inmigrantes japoneses cruzan los dos oceanos y arriba a tierra dominicana el día 29 de julio de 1956. Se realiza desde entonces, el asentamiento de 1325 inmigrantes distribuidos en ocho localidades diferentes para contribuir al desarrollo de la agricultura dominicana. Mas sin embargo, el retorno masivo al Japón de la mayoría de ellos se produce, como un acontecer historico. Sólo 276 permanecen en el país y se enfrentan a incalculables vicisitudes para mantener su meta inicial. Cinco lustros han transcurrido, y hoy , día tan conmemorativo, queda desvelizado este monumento con el deseo y participe unanime de todos los inmigrantes japoneses y sus descendientes, como simbolo y testimonio de sus esfuerzos y luchas constantes por la vida.
   Hijos que prometen el porvenir; surgidos de esos arboles sexagenarios, y con el espíritu en alto de llevar en sus venas, sangre japonesa no escatimaos vuestros esfuerzos para el progreso y la prosperidad de vuestra patria la Rep. Dominicana.
    29 de julio de 1981
--------------------以上、引用--------------------

 お墓参りの後、ハイチ国境を見学しました。ハイチとの国境は町の西側を流れるマサクレ川です(写真はハイチ沿岸のマサクレ川)。橋の真ん中に入国審査の扉が設置され、扉の向こうにはドミニカ共和国に入国しようとする人々で混雑していました。
ハイチはラテンアメリカで初めてヨーロッパからの独立を成し遂げた国ですが、現在は世界の最貧国のひとつ。2010年1月のハイチ地震以降、ドミニカ共和国への出稼ぎ労働者が増加したとのことで、その入国の様子を国境見学で垣間見ることができました。

午後は、日系の方の自宅で開講されている日本語の授業の見学です。今回は、午後1時から3時までの2時間の授業を見学しました。学習者は3年生2名、4年生1名で、教師はサンティアゴ校を兼任している日系社会青年ボランティア。異なるレベルの学習者に対して、複式ではなく単式の授業を展開し、レベルに応じてタスクの難易度を考慮している点が参考になりました。

今回のダハボン出張では、授業見学の他に、上に書いたように移住記念碑と共同墓地、そしてハイチ国境の訪問が実現でき、とても考えさせられることが多かったです。移住者が自分の手で生活を切り開いた地を訪問することは、自分の活動の意味を捉えなおす視点を与えてくれるものだと思います。

24 October 2010

他校訪問:ハラバコア、ラベガ 2010/09/28-29

Visita a las escuelas del interior: Jarabacoa y La Vega
28 y 29 de septiembre, 2010
9月28・29日は、出張で他校を訪問しました。ドミニカ共和国中央部に位置するラベガ州のハラバコア校とラベガ校です(記事末尾のリンクに地図を示したので、参照ください)。

(1)ハラバコア Jarabacoa
 28日朝サントドミンゴを出発しバスで2時間弱、ハラバコアに到着しました。昼食を食べてから、日本庭園Parque japonésと日本人移住地跡を見学しました。もともとの農業移住地であるハラバコアでは、2007年のドミニカ移住50周年を記念して、日本庭園が建設され、また、ハラバコア市から移住家族の名前の街路表示が贈られました(嶽釜編2009:174-176)。


 



日本庭園は通りの真ん中に位置し、大きくはありませんが、鳥居や移住家族の名前の記された記念碑、灯篭、橋、池などが配置され、趣のある造りになっています。設計デザイナーは、日高玲子さん。移住家族の名前の街路表示は全部で6つあり、それぞれ"CALLE FAMILIA ○○"(○○家通り)と示されています。

 ハラバコアの日本語学校の授業は、この日本人移住地の外れの「ハラバコア友好会館」で行われています。今回は、火曜午後の4人の授業を見学しました。こちらの学校にも日系社会青年ボランティアが配属され授業を行っています。私の所属するサントドミンゴ校とは違って、異なるレベル、異なる年齢の学習者が一緒に学ぶので、ともに学べる協働的な活動を取り入れたり、複式で授業を行ったりと工夫していることがわかりました。


(2)ラベガ La Vega
ハラバコアの授業見学の後、ボランティアの先生と一緒にラベガへ移動しました。こちらの先生はハラバコア校とラベガ校の両方を担当しており、週に数回両校を往復しています。ラベガではホテルで一泊し、翌29日にラベガ校の授業を見学しました。ラベガはもともとの農業移住地ではありませんが、日系の家族が多く住んでおり、日本語学校が開校されています。現在公民館が建設中とのことで、それが完成するまで日系人のお宅を借りて授業を行っているとのことです。この日は9人の学習者が出席しており、低学年と高学年にクラスを分けて、日系人の助手の先生と2人で授業を行っていました。低学年クラスと高学年クラスの協働活動もあり興味深かったです。

今回の他校訪問を終えて、それぞれの学校にはそれぞれのスタイルや方針があるのだということを再認識しました。例えば、父母会との付き合い方ひとつをとっても、サントドミンゴとは異なる面があります。ラベガとハラバコアの間にも違いがあることがわかりました。他の学校を見学するのは、自分の活動を振り返ったりドミニカ共和国全体の視点で日本語学校を捉え直す大変いい機会になったと思います。


参考文献:
嶽釜徹編(2009)『ドミニカ共和国日本人農業移住者50年の道 青雲の翔』ドミニカ日本人移住50周年記念祭執行委員会記念誌編纂委員会